空論オンザデスク

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子育て、親育てを中心としたブログ 教育本、子育て本、鉄道もの、プラレール、トミカ系おもちゃなども。

アクティブラーニングの成立に必要なたった一つのこと

教える側の意識を180度変えること

 

なんとなく、ちょっとずつアクティブラーニングというものが見えてきたような気がしています。

先駆者の書かれた本を読ませてもらったり、縁をたどって授業を見させてもらったりして、なんとなくこういうものかなという感触を得たので、ひとまずまとめてみようと思います。

 

アクティブラーニングを授業において実践し、継続して効果を上げるために必要なことは、たった一つ、教える側の意識を180度変えるということにつきます。

つまり、「教える」ということをやめるということです。

 

なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか

なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか

 

 この、山本崇雄氏の本は、明確にそれを語っています。先生が教壇に立って明晰にかつ筋道立って講義しても、そのほとんどは生徒の頭に入っていないのです。

 

  • ・生徒が生徒を教えるように導くこと
  • ・生徒全員が、教える・教えられるという役割を漏れなくそして繰り返し担うようにすること

 

これを確実に全時間を通じて成立させる必要があります。

話の輪から漏れている生徒がいないか、役割を理解しておらず、宙に浮いてしまっている生徒がいないか、常に気を配るのが、授業中の授業実施者の主な仕事です。これは、一瞬の気の緩みも許されない緊張の連続を強いられる仕事で、これに比べたら講義などは温泉に浸かるようなものだと言えます。

 

たとえば、山本先生の本にならって英語の長文を読解するという内容だったとしましょう。

  • ・グループ内のメンバーのひとりひとりに、和訳および解釈を作る担当部分を割り振る。
  • ・担当者が担当部分を説明し、他のメンバーは質問したり内容をおぎなったりする。
  • ・協働のなかで完成した全体像を見て、全員で文章のテーマおよび要約を作る。

 

といった流れでしょうか。

大切なのは生徒同士の協働がすすむことですから、生徒の動きが活発であればあるほど良い。だから当然、教室内は騒然としますし、まるで無秩序状態のような様相を呈し始めるでしょう。しかし、これで良いのです。というより、これこそが望ましい姿なのです。

一見無秩序状態であっても、議論の内容がズレていなければいいのです。(たとえズレていても、それはそれで失敗から学ぶというのがアクティブラーニングの趣旨ですから、なるべく介入しないようにします)

 

この、

  • 教えないことを基本姿勢とする
  • 生徒が遊動する状態を良しとする

という、およそ今までの授業というものに対するイメージを180度転換することさえできれば、アクティブラーニングはさほど難しいことではないという感触を、私は持ちました。

 

そもそもなぜアクティブラーニングなのか

 そもそも、私たちが馴染みのある授業を捨て、アクティブラーニングに転換しなければならないのはなぜでしょう。

私たちが慣れ親しんだ「一斉授業・講義形式」は、実はそれほど伝統のある形ではありません。この形式になったのは、ここ100年ばかりのことで、 つまり明治になって社会が西洋化した時に、同時に広まっていったものなのです。

近代社会はすなわち工業化社会です。

同じものを大量に、効率よく生産するための人材が多く求められました。ですから、みんなが同じ時間に出勤し、同じペースで同じ品質の物を作る能力が求められたのです。

だから、幼いころから集団行動に慣れ親しませ、教師の号令一下、一糸乱れぬ行動をする教育が行われてきました。

近代の学校とは、工場労働者を安定的に供給するための必要不可欠な機関だったのです。

しかし、現代では知識労働が主流になり、肉体労働や単純労働はどんどん減ってきています。ひとりひとりが自分の頭で考え、課題を見つけ、チームで解決に取り組む能力が求められます。そういう力は、一斉授業では身につかないと言われています。だから、アクティブラーニングが必要なのです。

 

非効率にみえるけど、実は理にかなっている

 

人間の学習過程は、全く不思議なものです。体系だてて一から説明をするよりも、クイズにしたり謎解き要素を入れたり、だれかと競い合ったりするほうが無理なく頭に入っていきます。

たとえば明日のテストのために単語を100個覚えなきゃいけないという時、誰かに問題を出してもらうほうが覚えやすい。それは、人間の脳がコミニュケーションに対してより鋭敏になるようにプログラムされているのだと言います。

 

 

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)

 

 橘玲氏の「言ってはいけない」は、非常に面白い本でした。かなりやるせない気持ちにはなりますが。

この本で紹介されている、数々の「あまり知りたくはなかった衝撃の事実」のなかで、「親の子育てはほとんど子供の成長に影響しない」というのがあります。

研究者たちは、双生児研究を積み重ねるうちに、幼い頃に養子に出されるなどして全く別の家庭で育った双子でも、かなり似通った性格をもち、似通った学歴、家族形成をすることが分かったのです。

すなわち、子供の成長にもっとも影響するのは遺伝と、「家庭以外の環境要因」なのです。

 

このことは、橘氏によれば、人類がもっとも長い期間を過ごした狩猟採集時代に遺伝的に条件づけられたものと考えられるそうです。

この時代、多くの母親はほとんど常に乳飲み子を抱えていましたし、父親は狩に精一杯で、ほとんどの子供は親に「ほったらかし」にされていたでしょう。

子供たちは集落のなかで自然と集まり、年長の子供を中心としたグループを作ります。年上の子が年下の子の面倒を見、様々なことを教え、保護します。

この、「頼りになるのは親や大人ではなく年上の子供」という状態が、人類史のなかのほとんどの期間を占めていたとしたら、「親からは学ばない」という姿勢は、子供にとって適切な生存戦略だったことでしょう。

 

アクティブラーニングへの転換というのは、つまり誰から学ぶのかの転換でもあります。

親や教師など、大人から学ぶのではなく、自分たちで学び合う。これは、私たちの遺伝子に刻みこまれた、最適な学習方法なのです。

 

 

壁を作る指導者が生まれる前に、壁を壊した指導者がいたことを知っておこう

世界を2つに分ける壁があった冷戦時代

 

 今、NHKの「BS世界のドキュメンタリー」で、東西冷戦を特集したシリーズを放送しています。1990年にソビエト連邦が崩壊するまで、世界は「西側」と「東側」に分かれ、対立していました。両者の間には壁があって、あちらからこちらに、こちらからあちらに行くには大変な困難があり、一般の人にはほとんど不可能でした。この壁のことを、とくにヨーロッパでは「鉄のカーテン」と呼んでいました。

なぜ今、冷戦時代のことを取り上げるのでしょう。

冷戦が終わって、世界中で壁が取り払われました。EUが拡大し、人々は自由に国境を越えてどこにでも好きなところに行くことができるようになりました。

けれども時代はもう一度ゆり戻ろうとしています。次期アメリカ合衆国大統領の発言だけでなく、安全保障の名の下に人の移動を制限しようとする動きがあちこちで起こっているからです。

このまま再び、あちらとこちらに分かれてしまう世界になるのでしょうか。今のうちに、一世代前の先人たちがどのようにして壁を壊すことができたのか、そして、それができるのはどのような人なのかを知っておくべきだと思います。

 

ネーメト・ミクローシュがハンガリー首相に就任

ネーメトは、1988年から1990年までハンガリーの首相を務めた人物です。

ハンガリーでは、日本と同じように苗字・名前の順に氏名を表記します。だから、ネーメトが苗字、ミクローシュが名前です。)

 顔写真を見ても分かる通り、「地味」が服を着て歩いているような人です。とても一国の首相には見えません。よく言えば真面目そう、悪く言えば堅そうなイメージを受けます。

 

ネーメト・ミクローシュ (政治家) - Wikipedia

 

ネーメトが首相になったとき、すでにハンガリーの国家財政は破綻寸前でした。

共産主義というのは、国家がすべての経済活動を計画します。どの商品をどの工場がどれだけ生産するかを全て国家が決めるのです。だから、人々が必要とする商品はまったく出回らず、不要な商品ばかりが作られるということが起こりやすくなります。また、競争がおこらないから、技術革新がおきません。商品やサービスは、質が低いままいつまでも進歩しません。このことがどれだけ生活を不便にするか、想像するほど暗澹とした気分になりますね。今の生活の中で使われるほとんどのものは、コンビニの弁当もスマートフォンも、企業が競争のなかで改良を重ね、努力してコストダウンに取り組んできたからこそ、良いものがいつでも安く手に入るのですから。

東側の国々は経済が停滞したまま、急速に発展する西側諸国に圧倒的な差をつけられていきます。そしてネーメトが首相に就任した1988年時点では、ハンガリー経済は借金だらけで首が回らなくなっていたのです。

ネーメトはアメリカのハーバード・ビジネススクールで学んだ経済の専門家でした。経済問題でにっちもさっちも行かなくなったハンガリーは、この若き経済学者に藁をもすがる思いで国の舵取りを委ねたのです。弱冠40歳でした。

 

ネーメトの行なった大改革は、「普通の人の普通の判断」から

 

経済学者だったネーメトは、首相に着くとひとまず、国の財政収支をチェックし始めます。するとすぐに、巨額の資金がなんだか分からない目的で使われているのを掴むのです。

さんざん調べた挙句、その資金は隣国オーストリアとの間の国境ぞいに伸びる、長い鉄条網の維持に使われていることが分かります。

オーストリアは西側の国。すぐ隣にある自由で豊かな国に東側の国民が脱出しないよう、鉄条網と厳重な警備で監視しなければなりません。その警備システムとは、鉄条網に誰かが触れると、センサーが反応して警報が鳴り、国境警備隊が急行するというものでした。しかしそのシステムもすでに老朽化しており、部品を生産することもできなくなっていました。仕方なく西側のフランスから輸入していましたが、輸入のための外貨が常に不足し、借金をしなくてはならない状態だったのです。

ネーメトはこの状況を理解すると、普通の人が常識によって普通に行う判断を下します。すなわち、鉄条網と警備システムを撤去してしまうことです。もう使えないし金ばっかり食うんだから、やめてしまった方がいいに決まってる、ということです。

この判断がやがて、「西側と東側の壁」に穴を開けることになり、結果的にベルリンの壁の崩壊、そして冷戦の終結へとなだれ込む巨大なうねりをもたらしたのでした。

 

壁を壊したのは、「現実を直視する勇気」

 

ネーメト・ミクローシュ首相は、それまでのハンガリーの指導者と異なり、根っからの共産主義者ではありませんでした。経済学という専門知識こそ持っていましたが、一般人の普通の感覚を持ち合わせた人物でした。

硬直していない、フラットな立場で問題を眺められたこと。そしてもちろん、決断を実行に移す勇気が、世界を分断する壁を打ち倒すことにつながったのです。

 

冷戦時代、冷戦は永遠に続くものと思われていました。まさかこんなに唐突に壁が壊れるなんて、それこそ壊れる寸前まで誰も思わなかったのです。

しかし、壁があることの不自然さ、それを維持するのがどれだけ無意味なのかを理解した誰かが最初の行動を起こせば、壊すことができるのだということです。

 

もちろん、条件がそろっていたことも確かです。長年の停滞した経済に辟易していた東側の国民の不満は限界まできていましたし、ソ連に誕生したゴルバチョフ政権が、ハンガリーの決断に黙認を与えたことも大きかった。もしソ連がまだブレジネフ政権だったなら、ネーメトの起こした行動はすぐさま握りつぶされていたことでしょう。

しかしこういうチャンスを生かすことができたのも、現実を直視できるリーダーがいたからです。

 

 壁が作られる前にこれだけは覚えておきたい

 

 ベルリンの壁に象徴される冷戦時代の境界は、まったく人為的なものです。

戦後の世界再編のなかで、アメリカとソ連という両超大国がおのおのの縄張りを決めた結果、その間に壁ができていっただけのこと。しかし、それでも完全に壊されるまで40年以上の歳月と途方もない犠牲が必要でした。

一度壁ができてしまえば、コミニュケーションが途絶え、お互いへの理解が弱まり、不信感だけが大きくなっていくでしょう。壁ができて一世代も経てば、先祖代々の敵同士のようになってしまいます。

今はまだ、日本にはそういう動きはありませんが、目に見えない壁ができてきているように感じられてなりません。一度分断を既成事実化してしまったら、もはや自分たちの後悔だけでなく、後々数世代にわたる影響が残るのだということを覚えておきたいと思います。

 

www6.nhk.or.jp

 

 

知られざる関根勤の名言をフラッシュバック

ふと聞いた言葉がなぜだかずっと頭の中で残っていて、時おり思い出す、そういう経験がだれにでもあるはず。
 
いつかテレビの何かの番組で、関根勤「男は働いて働いて死んでいけばいいんだよ」と言った。
 
このフレーズだけ取り出せば、バブル期のイケイケワーカホリックな仕事至上主義に聞こえるが、そんな単純な発想の発言ではもちろんない。
 
ストイックに仕事の質を追究するプロフェッショナルとしての自覚と、自らの働きによって家族を守り育てていくのだという決意が言葉となって吐き出された、それは哲学であった。
 
 
実際、このフレーズがふいと関根さんの口からこぼれたとき、その口調はため息のようでありながら、スタジオは笑いに包まれた。
 
この言葉を思い出すとき、心がふっと軽くなるのを感じる。
男は働いて働いて死んでいけばいいんだ。
そう口に出して言ってみると、今の自分にしっくりくる。そう言ってしまえる自分に一緒のプライドすら感じる。若いころの独りよがりな願望からはとっくに解放され、役割や立場を持った、大切なものを支える柱としての自分を意識できる。
 
いつか、支える力を失ってヒビが入り、崩れ落ちるとしても、満足して消え去ることができる。
働いて死んでいくことに、なんの迷いがあろうか。
仕事は、それがどんな仕事であれ、働き続ければ続けるほどに技が磨かれ、かけた年月ほどに自分自身と不可分なものになってゆく。
ほかに何かを望んだり、何かを為さねばとあがいたり、何も残せないと焦燥に駆られたりする必要はない。自分で自分に与えた役割のままに、働いて、あるとき限界がきた時に、静かに退場すればいいのだということを、気づかせてくれるフレーズだ。
 

サスペンス小説で学べる20世紀 「オデッサ・ファイル」より

ナチス親衛隊(SS)

ナチス親衛隊(SS)は、一言で言えばナチスドイツの災厄を代表するような組織です。

ナチスの突撃隊(SA)と親衛隊(SS)

 

SSとは、アドルフ・ヒトラーのもと、ハインリヒ・ヒムラーによって支配されていた、軍隊の中の軍隊、国家の中の国家ともいうべき存在で、一九三三年から一九四五年までドイツを支配したナチス第三帝国で特別の任務を担っていた。その任務とは第三敵国の保安にかかわる事柄であった。中でも最大の任務は、ドイツと全ヨーロッパから、ヒトラーが”生存に値しない”と考えたすべての要素を除去すること、”スラブの劣等種族”を永遠に奴隷化すること、そして老若男女問わずすべてのユダヤ人をヨーロッパから抹殺すること、というヒトラーの悪魔的野心の実現に努めることであった。

 

 「オデッサ・ファイル」 フレデリック・フォーサイズ著より

オデッサ・ファイル (角川文庫)

オデッサ・ファイル (角川文庫)

 

 

オデッサ・ファイル」について 

 

本書は、サスペンス小説であり、もちろん架空の人物も登場する、架空の物語です。

筋立てそれ自体にエンターテイメントの要素がありながら、実在の人物や組織も至る所で登場し、というか重要な要素となり、フィクションとノンフィクションが渾然一体になっています。そのあたり、筆者フォーサイズ独特の表現方法だそうなんですが。

 

舞台は1963年西ドイツ、ハンブルク。ルポライターのペーター・ミラーは偶然、ガス自殺した老人の日記を手に入れます。老人はかつてナチス強制収容所の囚人で、SSによるユダヤ人8万の虐殺を目撃。自身は生き延び、虐殺の責任者であり実行犯である「リガの屠殺人」、強制収容所長エドゥアルド・ロシュマンを探し出して裁きを受けさせることを誓った。しかし誓いもむなしく老人は失意のままに死亡。ミラーは老人の遺志を継ぎ、ロシュマン捜索に乗り出すが、旧SSメンバーを保護、隠蔽する組織「オデッサ(ODESSA Organisation Der Ehemaligen SS-Angehörigen)」の妨害を受け、ついには命を狙われながら、隠された旧SS戦犯メンバーを探し出す、というストーリー展開。

 

あえてフィクションとノンフィクションの部分に分けるとするなら、主人公でルポライターのペーター・ミラーによる捜索とか暗殺からの回避とか、その辺りのドタバタがフィクション。ロシュマンを始めとするSS隊員とその行い、組織オデッサ、SS戦犯の追及を実行し続けたシモン・ウィーゼンタールなどは、史実に忠実だと言われています。

 はっきり言って、フィクションの部分は期待はずれです。イケメンジャーナリストのミラーが愛車のジャガーを乗り回して手がかりを探す過程は、展開が一方的すぎてわざとらしいですし、ミラーが偶然に、何度も暗殺者の魔の手をかわす場面は、ご都合主義的すぎて見ていられないほどです。ラッキーもいいところで、そんなものを小説展開のメインに持ってこられたら、読んでる方はたまったものではありません。

そこらへんのプロットはさておき、この本の真の価値は、綿密な取材と洞察によって、組織オデッサと旧SS隊員たちの存在を世に知らしめたところにあります。

SSは、前の引用にもあるように、ナチスによる異民族の絶滅を計画し、実行した機関です。SSによって殺された人々は総計1400万人とも言われます。一口で言ってしまうには恐ろしすぎる数です。その行いは、もはや「戦争」と言えるようなものではありません。

そういう犯罪者集団が戦後のどさくさに紛れて名前を変え、公式に裁かれることなく普通に暮らしている。ある者は南米に逃亡し、ある者は東西ドイツに留まり続ける。そしてそれを助け、保護する秘密組織が隠然とした勢力を持っています。それがオデッサです。

なぜオデッサがそれだけの力を持ちえたか。それは巨額の資金があったからで、その資金は「絶滅」作戦のなかで犠牲者から奪い取った財産を集め、スイスの銀行に秘密裏に預けられ、貯め込まれていました。

無数の犠牲者の財産が、殺人者の生活を守るために使われるというのは、なんとも言い表すことのできない不条理です。こういうことが密かに組織的に行われていたということを、「小説」という形で誰にでも読みやすいように世の中に伝えられたというのは非常に意味のあることだったんではないかと思います。

 

戦争を起こした国の国民であることについて

 

これはドイツの話ですが、同じ第二次世界大戦の敗戦国として、日本にも同じような話はあったのではないかと思います。

「戦争を起こし、諸外国に多大な犠牲をもたらした国の国民」として、私たちは教育を受けてきました。

本書でも言われていますが、まだ戦後18年そこそこの時代のこと、現代よりもより濃密に戦争の記憶が残っていて、ドイツ人がドイツ人であるだけで反省を持たなければならないという意識が、全体を支配していたそうです。

しかし、シモン・ウィーゼンタール氏は、作中のセリフですが実在の人物なので、おそらく筆者の取材に対して実際に本人が言った言葉なのだと思いますが、「ドイツ人全体の罪などはない。殺した人間一人一人の罪があるだけだ」というようなことを言っています。氏は実際に、強制収容所の地獄を生き延びた元囚人で、「ドイツによる暴虐」を具体的かつ物理的に一身に受けた人です。

ウィーゼンタールはこう続けます。「ドイツ人全体に罪を着せることで、SSがそれを隠れ蓑にして逃げ切ろうとする。だれもが戦時中、黒いトラックに乗せられ連行されるユダヤ人たちを見ている。その人々は自分たちの隣人であり、友人であった。そういう後ろめたい思いを抱えて生きていると、同じようにSSの追及などはしたくなくなるものだ。もうなるべくなら思い出したくない、というように。オデッサはそういう人々の思いを利用し、追及の手を逃れようとしている。」

 

日本では近年、戦時中の戦争指導者を見直そうという動きが出てきているかと思います。より正確な記録を掘り起こし、事実を再検討することは重要だと思いますが、大量の死と不幸をもたらした戦争に、どのような事情があれその実行に関わった人々だということを忘れてはいけないのだと思います。

 

 

「塾業界諸悪の根源説」は再燃するのか

記事について

歴史は繰り返すと言いますが。

 

東洋経済オンラインの11/27の記事

toyokeizai.net

 

筆者の宝槻さんという人は、塾にも予備校にも行かずに京大に合格されたそうです。

塾という組織の力を借りずに難関を突破する人というのは、一定割合でいらっしゃるのは確かです。ノーベル賞受賞者山中伸弥教授は、高校3年の時、受験直前までラグビーに没頭されていたというのは有名な話です。

しかし、そういった能力をもった人はごくわずかです。他者が真似をしようとしてできるものではありません。もともと持っているポテンシャルが違いますから。ですから彼らがもし、塾や予備校を利用していたとしたら、「鬼に金棒」となって、より高みに到達していたかもしれません。

 

記事の内容を要約してみると

  • ・2020年の大学入試改革で、知識よりも「思考力」が問われるようになっていくのに、中学受験界は未だにドリル学習による詰め込みに終始している。
  • ・「詰め込みドリル学習」は、塾が大規模化していく過程で、一般社員でも授業ができるようにマニュアル化されるために必要なスキームだった。
  • ・私立中は、受験生を集めるため、上のような塾のスキームに乗っからざるを得ず、さらに塾が発明した「偏差値」というシステムをも丸呑みにした。
  • ・上のようなシステムでは、少なからぬ子供が「勉強嫌い」になり、日本の教育がダメになってしまう。

 

ということでした。

「支配されている」というあたり、学生運動時代を彷彿とさせるひびきですね。

 

詰め込みドリル?

まず、「詰め込みドリル」っていつの時代のネーミングでしょう。

先人の知恵を借りた言葉として、「守破離」がありますよね。物事を究めるためのプロセスのことです。

まず、「型を守る」。先達や師匠の真似をし、繰り返し繰り返し同じことを実践することで、揺るぎない基礎を身につける。次に、「型を破る」。身につけた型をあえて破り、多様な可能性を探る。最後に、「型を離れる」。型を捨て、自由に様々な能力を発揮することができるようになる。これが、物事を究めた境地となる。

いわゆる戦後システムによる中学入試が始まる遥か昔から、子供の教育といえば、「素読」であり、「手習い」でありました。原理の理解などよりも前に、まず基礎を徹底的に反復させる。その「型」の習得こそが、自由な発想と高度な思考の土台になるからです。

詰め込んで済むならドリルは要らないんです。

そもそも詰め込んだだけで解けるような問題は、今の中学入試から消えつつあります。物事を考えるための土台を自分の血とし肉とし、そうして身につけた「考える力」をもって勝負するのが今の受験というものです。

 

マニュアル?

第二に、「マニュアル化」は確かにあると思います。しかし、マニュアルのない塾もたまにあります。どちらがきちんとした授業を提供できるでしょうか。

 

 

偏差値は罪か

第三に、「偏差値は害悪」論は昔からありました。そしてこの主張が通れば通るほど、受験は混乱していったのです。受験と就活の一番の違いは、「チャレンジできる回数」です。就活であれば、根気と負けん気さえあれば何度でもチャレンジできるでしょう。しかし、受験、とりわけ中学受験は、どんなに回数を受けても10回を超える程度。浪人はできません。限られた機会を有効に活かすためには、合格する可能性がどれだけあるのかを測らねばなりません。

偏差値そのものは、確か大学受験指導をされていたどこかの高校の先生が発明されたものだと聞いたことがあります。要するに便利だから使われてきた、というだけのことで、それでも常に、偏差値による判定を覆す受験結果は出るのです。そもそも偏差値表と塾の言うことを鵜呑みにして受験校を決めている生徒や保護者がどれくらいいるのか怪しいものです。保護者は、我が子が大切な6年間を過ごす学校を真剣に選びます。塾の言いなりになるような人は、今はほとんどいません。

 

終わりに

「塾業界諸悪の根源説」は、これまでも繰り返し喧伝されてきましたし、学力重視の風潮がやや行き過ぎた感じになると、どこからか頭をもたげてくる主張でもあります。

塾は現代教育システムの矛盾や不備を補う「必要悪」だという認識が、大方の見方でありましょう。ですから、「ゆとり↔︎管理」に揺れ続ける世論の影響を受けて、最も攻撃されやすい位置にいることはまちがいないです。この記事も同じような潮流にのっているのでしょうが、受験に関する知識が一回り古いのでしょう。違和感がありすぎて、一言言わずにはいられなくなってしまいました。

悪しからず。

下ネタぬいぐるみ映画「TED」には、1度見ただけでは気づけない深遠なテーマが隠されている

先日、実家に帰った時に母親絶賛で見させられた映画「テッド」。

クマのぬいぐるみがおっさんで、それはもう下品で悪ノリ大好きなどうしようもないおっさんで、笑いありパロディーありおバカありの映画なんですね。

ひと昔まえの映画ですが、ずいぶんと話題になったのでその時分に一度見ていました。

その時は、あははーくだらねえけどおもしろいな、ぐらいで終わったんですが、

改めて見てみると、下世話な笑いの中に現代アメリカ社会のみならず世界の歪みを浮き彫りにするようなテーマが見て取れるんだということに気づきました。

ちょっと深読みしすぎかもしれませんが・・・。 

 


映画『テッド』TVスポット

 

 

 「種差別」を世界に突きつけた

動物の解放 改訂版

動物の解放 改訂版

 

「テッドは親友なんだ。」

 幾度も強調されることは、翻って「ぬいぐるみ=動物は人間と対等にはなりえない」ことを前提としています。

 

ヒトは何の権利があって他の動物の権利を侵害し、虐待するのか。という「種差別」を提唱する声が静かに高まっています。

ひと昔前のベジタリアンのように、感情的な理由で肉を食べない、というだけでなく、極めて哲学的かつ理論的に、人間が他の動物をモノあつかいする権利はないのだという結論を導き、「種差別」が人種差別や性別差別と同じく、倫理的に許されざる行いなのだという主張を行っています。

上の「動物の解放」の著者ピーター・シンガーによって1973年に提唱されたこの主張は、少しずつひろまりつつあるようです。

 

 

家畜人ヤプー〈第1巻〉 (幻冬舎アウトロー文庫)

家畜人ヤプー〈第1巻〉 (幻冬舎アウトロー文庫)

 

 沼正三の「家畜人ヤプー」は、遠い将来に、日本人種族が奴隷化され、「ヤプー」として使役されている、ショッキングでアングラな小説です。

「もと日本人」たちは、奴隷あつかいだけでなく家畜あつかい、つまり食肉用として飼育されるほか、高度な遺伝子処理や外科手術によって「家具化」すらされており、その細かな描写も手伝って背筋が寒くなること請け合いです。

こういう、「異種族によって人間がモノあつかいされる」というストーリーは、対比的に人間が今、動物たちに対して行なっている数々の行いの、「ほんとうのおぞましさ」を浮き彫りにします。

食肉用、愛玩用、実験用その他、改めて考えると、有史以来人間が他の生き物に対して行なった罪の重さは計り知れないものがあるかもしれません。

 

ドラえもん構成」は鉄板である

 のび太=主人公

ドラえもん=テッド

しずかちゃん=恋人のローリー

ジャイアン=ローリーの上司

と当てはめれば、これはもうドラえもんの世界。まるっきりそのままと言っても過言ではありません。

できない男が幸せをつかむ話は世の男達に夢を与え、そういう男を優しく包む女性の話は、ひょっとしたら女性の母性を満足させるのかも知れません。

ドラえもんはいろいろ便利な道具を出してくれるご都合の良いお役立ちロボットですが、テッドはせいぜいストリッパーを大勢呼んでくれるぐらいしかできないダメぬいぐるみです。だから、「ドラえもん構成」に対する強烈なアンチテーゼとしてこの映画を見ることもできると思います。

 

さて、この手の「ドラえもん構成」が鉄板である理由はなんでしょう。

もちろん、絶対的弱者が圧倒的な強者に対し、人ならぬ存在から助力を得てぎゃふんと言わせるという展開がもたらす快感と溜飲のさがる思いに他ならないでしょう。

そして、弱者が強者に勝つというストーリーが受けるためには、世の中に弱者があふれていなければならず、今の格差社会はぴったりそれに当てはまると思うんです。

自分の努力と才覚でいくらでも社会的な立場を良くすることができる社会ではなく、もはやそういう個人の自由によっては覆すことができない構造になってしまった社会です。

だからこそ、人ならぬ存在の助力というものが唯一の福音となるんですね。

経済格差が固定化し、その結果としての「社会の分断」。それへの警鐘としてのメッセージも、この映画にはこめられているのかもしれません。

 

 

 

プラレール「マスコン北海道新幹線」と3歳児

この8月、3歳になる息子の誕生日にとプレゼントされた、プラレールの「ぼくが運転!マスコン北海道新幹線はやぶさ」です。 

 確かに革新的なおもちゃだと思いました。特に、スマホで操作できるモードはゲームっぽい雰囲気もあるし、ちょっとした運転手気分も味わえます。

プラレール ぼくが運転!マスコン 北海道新幹線はやぶさ

プラレール ぼくが運転!マスコン 北海道新幹線はやぶさ

 

 けれど、うちの場合、3歳という年齢もあり、まだ少し早かったかなと思います。

このおもちゃを遊びつくすには、「新幹線の運転手になりきる」という想像力が必要です。運転手さんの真似をして、車内放送ボタンで雰囲気を味わいながら、マスコンを操作して気分を出す、という、がっちゃんみたいな遊び方ができると良いんだろうなあと。


プラレール ぼくが運転!マスコン北海道新幹線はやぶさ【がっちゃん】

 

しかし、我が息子はマスコンをカコンカコンと倒してリモコンで操作するよりも、まだ手転がしで遊びたい精神年齢。せっかくのリモート操作も、これではあまり意味なしです。

 

プラレールは、結局のところ自分でレールを組み合わせて、自分だけのコースを作るのが醍醐味のおもちゃなのです。分岐や段差が複雑に組み合わさったレイアウトができたなら、そこをマスコンで操作する車両を走らせるのも楽しいでしょう。だから、もうちょっとその辺の経験を積んでいかないと、こういう高度なものは猫に小判で終わってしまう、ということがわかりました。

 

ということで、この手のプラレール系のおもちゃはしばらく買うのを控え、基本的なパーツを必要に応じて買い足していくことにしようと思います。