空論オンザデスク

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子育て、親育てを中心としたブログ 教育本、子育て本、鉄道もの、プラレール、トミカ系おもちゃなども。

拡大していく「不適切写真」の意味。「悪ふざけ」から「腹いせ」、そして「反抗」へ

昨日届いたGunosy上の記事で、またもや飲食店の従業員による「不適切写真」が掲載されていた。今度は蕎麦屋の洗浄機の中に若者が横たわった絵だったように思う。タイトルが「洗浄機で洗われてきれいになっちゃった(笑)(笑)」

 

このような、飲食店の従業員やその関係者が店内の冷蔵庫などに入ったり食品を使って悪ふざけをしたりした写真を撮って投稿→炎上→解雇というという流れがどんな人にも分かるくらいに繰り返されている中で、さすがにやれば炎上して首になるくらいの予測はできそうなものである。

 

それなのになぜ繰り返されるのか。ここにはただの悪ふざけではない何らかの主張があったように思える。もちろん、不満自体が仮に正当なものであったとしても、その表現の仕方によっては許されない場合も多くあり、私も彼らの行為自体を擁護するつもりはまったくない。ただ、それらの行為を、「とんでもない。」「まったく信じられない。」「最近の若者は何を考えているのか分からない。」と言った拒否感覚だけで断じてしまうのはおかしいと思う。彼らの行為には何かしらのメッセージが含まれていると捉えるべきだ。

 

一言でいえば、この根底にあるのは「お客様は神様」という日本のサービス業界全体でまかり通っている間違った常識であると思うのだ。

飲食店などのサービスを売り物にする場では、同じ場所に立っていても客と従業員ではまったく身分が違う。ただ「客」であるというだけでどんなぞんざいな振る舞いでも許され、逆に従業員はどんな客に対しても丁重に頭を下げ続けなければならない。

 

例えばコンビニに行って買い物をしたとする。

入店すると店員は「いらっしゃいませ」と丁寧に挨拶、客は無言。

商品を持ってカウンターに置くと、また店員は「いらっしゃいませ」。客は無言。

店を出るときには店員が「ありがとうございました」と礼をいう。客は相変わらず無言。

もちろんぞんざいな店員はいるし、口には出ているけれどもマニュアルにしたがっているだけで、心がこもった挨拶をする店員など数少ない。そうではなく、上のような状況が日本では疑うことなく常識なのだが、よくよく考えてみると異様な光景であることに気づく。

奴隷でもなんでもない、普通の市民である二人の人間が出会っていて、片方は声をかけ挨拶も行っているのに、もう片方はまったくの無言を通している。

これが異様でなくてなんと表現したらいいだろう。外国のドラッグストアなどでは、少なくとも店員が挨拶をすれば客もそれを返す。それが当たり前である。片方が徹底して無言を貫くのは日本だけではないだろうか。

 

これは、「お客様は神様」意識のひとつの現われである。

客は自分がどんなに無愛想であれ丁重に扱われて気持ちよく買い物ができて当然。レジで待たされたりすることはあってはならない。また、ちょっとでもいい加減な商品などが出てくるようなことがあったら、例えば髪の毛の入った料理など、大声で店員を怒鳴りつけたり土下座を要求したりしても、それが当たり前だと思っている。

この意識がある限り、店員もまたそれにしたがって行動しなければならない。

例えば手の空いた店員がいて、レジに行列ができていたら、自分も率先してレジを手伝わなければ白い目で見られたり客に文句を言われたりする。絶えずそのような客からのストレスを受け続けて働かなければならないのが、日本のサービス業の現状なのだ。

 

ここに一人の少年がいる。

高校卒業までアルバイトはしたことがない。コンビニやファーストフードなどでアルバイト店員には接したことがある。彼は、客であるから、そうした店員さんたちに丁重に扱われ挨拶もされ、下にも置かないもてなしを受け続けてきた。彼の母親がそうしてきたから、彼もその店員たちを自動販売機と同じものとして扱ってきた。そして、大学に進学して小遣いを得るためにアルバイトを始める。そこで初めて、カウンターの向こう側の身分になる。挨拶される側からする側に、もてなされる側からもてなす側に。少しでも失敗したり態度が悪かったりするとクレームを言われる。そうしてストレスにさらされ続けた彼は、「客うぜえ」と感じるようになる。

 

かつて私もコンビニで働いていたとき、上のように感じたことはあった。客が増えても減っても給料に変化がないバイト店員にとって、客が増えること、イコール労働がきつくなることでしかない。だから「客は敵」である。

 

そういった、給料とは別のところで発生するストレス要因が積もり積もって「不適切写真」に繋がるのではないか。不本意な扱いを受け続けたバイトは、やめる時にその鬱憤を晴らしたいと思う。どうせやめるつもりだから、クビになることなど何でもない。自分が炎上すると同時にこの会社も炎上するなら良いざまだ、そんな意図が私には見える。

繰り返し言うが、それらの不満が正当だとも思っていないし、またその表現の仕方に至っては同情の余地などない。

ただ、彼らの行動の裏から、日本のサービス業の抱える行き過ぎた「お客様は神様」意識の問題があるのではないかと指摘したい。客は客であるだけで丁重に扱われて当然だと思っている人間が多すぎるのだ。