空論オンザデスク

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子育て、親育てを中心としたブログ 教育本、子育て本、鉄道もの、プラレール、トミカ系おもちゃなども。

禁煙CMの大攻勢の裏側を勘ぐる

自分は喫煙者である。
いままで禁煙経験は幾度もあり、その都度復活している。長いときで3年間煙草を吸わなかった。それだけ離れていると、もう一度吸ったとしても以前みたいにニコチン依存にはなるまい。そう思い安易に煙を吸い込んだが最後、悪魔のような美味しさに魅了されてしまうのだ。

たばこが大人のたしなみとして尊ばれていた時代があった。映画『スモーク』の冒頭、ビクトリア女王の逸話はあまりにも有名だろう。
女王と親友のナントカ卿が葉巻を楽しんでいる。卿いわく、煙の重さを量ることができます。女王は面白そうに先を促す。卿は言う。まずまっさらな葉巻の重さを量り、しかるのちにそれに火をつけ、灰を丁寧にあつめておく。全て吸い終わったところで灰の重さを量り、始めに量った葉巻の重さからそれを引けば、煙の重さが分かるという話。
もちろん、科学的にどうこうということではなく、ユーモアである。ちょっとニヤリとしてしまうだけでなく、宮廷の片隅で葉巻を手に丁々発止する女王と紳士の姿が目に浮かぶ。

煙草を吸うことはいつごろから後ろ暗い行為になったのだろう。クリント・イーストウッドはくわえタバコが渋かったが、トム・クルーズには似合わなそうだ。

もちろん、それに含まれる数々の物質が健康を損なうことは事実だし、吸い殻をポイ捨てしたり、街中を歩き煙草したりするのは、当然ながら避難される行為だ。それにけちをつけるつもりは毛頭ない。

ポイ捨てで思い出した。
紅の豚』で、ポルコ・ロッソはのべつまくなしに煙草を吸い、吸い殻をあちこちにポイ捨てしていた。川の流れにむかって薙げたことすらあった。
しかしそれを見て、教育的にどうこう言うことはナンセンスだと思う。ものや行いの良し悪しは時代によって違うのだと了解するべきだ。
今は健康が価値を持つ。健康に反するものは全て悪だとみなされる。健康至上主義の時代といっていい。たまたま今がそうだというだけなのだ。けれども歴史を見てみれば、そういう時代はむしろ珍しい。

そこで、最近頻繁に放送されている禁煙CMのことを考えてみる。
健康を損なうから煙草をやめましょうとしきりに訴えるこのCMは、どこか危うさを感じる。
ひとつの価値観のみを正しいとし、それ以外の考え方を排除する流れが濃厚に現れているように思う。加えて、それを子供に言わせ大人がかしこまって反省する。これは、若さと純真さを礼賛するもうひとつの健康至上主義に他ならない。正論は正論として、様々な考え方があることを許容する大人の寛容はなりをひそめ、「正しいこと」以外には耳を貸さない若さと原理主義がはびこっている。社会がギスギスしてしまう原因になりかねない。争いを生むのはいつだって正義と正義の対立なのだから。
子供たちには、吸う人と吸わない人、双方の意見を聞き、自由に自分の価値観を育んでいくようになってほしい。そうやって、変化と多様性を受け入れる寛容を身につけてもらいたい。

以上、喫煙者の自己弁護でした。