空論オンザデスク

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子育て、親育てを中心としたブログ 教育本、子育て本、鉄道もの、プラレール、トミカ系おもちゃなども。

ママ友システムに思う現代の子育て

子育て 生活

ママ友との交流、子供の交流、成長

 

わが家は子供が生まれる数ヵ月前にマンションを購入して今の街に引っ越した。嫁も妊娠するまで仕事をしていたし、そもそも他県の出身なので近所に誰一人顔見知りはいない。

そんな中、役所や地域のコミュニティーでやっている赤ちゃん会的な催しが、絶好のママ友作りの機会になったようだ。ママ友ができるきっかけには、ほとんど常に子供の存在があり、子供がいわばコミュニケーションの潤滑剤の役割を果たしてくれる。何ヵ月ですか?ちゃんと寝てくれますか?オムツは何を使ってますか?どんなママでも、そういう話題ならほぼ鉄板で共有できる。同じ歳の子供を持つ母親どうしの連帯感のようなものが、ゼロからの交流を友人関係まで育て上げるエンジンとなるのだ。

 

地域社会が存在しない時代の代替的な互助システム

 

この、ママ友の果たす役割は大きい。

子育てには何かと不安がつきまとう。おっぱいの吸いが弱い、寝付きが悪い、あせもができる、体重が増えない、などなど、成長のヒトコマずつに不安の種がびっしりとへばりついている。誰かと相談するときに、夫では力不足だ。同じ女性として、同じ経験を共有する人とおしゃべりを交えてこころゆくまで相談したい。その心強さは計り知れない。そんな、心理的役割だけでなく、生活のあらゆる面で助け合えるのがママ友というものだ。

まるで、かつての「向こう三軒両隣」。近所のタマちゃんや、本家のヨシさんのように、日常なにかと持ちつ持たれつな関係を築くことが、今の地域社会では難しい。マンションの隣の人がどういう家族構成で、なんの仕事をしている人なのか分からない。道端で会っても共有できる話題がない。そんな中で、ママ友は子育てのセーフティーネットとして欠かせない位置にあるのだと思う。だから善かれ悪しかれ、その関係に依存せざるを得ず、マスコミで言われるような過激なエピソードも生まれる余地ができてしまう。けれどもそれは、その重要性が認知されているからこそとも言える。

 

 

父親はどう関与していくか

 

さて、ではこのような関係に父親はどう付き合っていけばいいのだろう。

私はよく、休みの日に子供を公園に連れていく。嫁にちょっとした子供抜きの時間をプレゼントできるし、子供と遊べば仕事のストレスも和らいでいくもの。しかし、ここに思いがけない事態がおこる。嫁のママ友、つまり子供の友達とそのお母さんが現れる。子供同士は顔見知りだし、時に気が乗れば一緒に遊ぶこともある。(まだ一歳とかだと、一緒に遊ぶということがけっこうハードルが高く、ふたりのモチベーションが上がっていないと共同作業が実現しないことがままある。)しかし、私とそのママ友は初顔合わせだし、ぎこちない空気が流れるだけ、ということもある。子育てという共有の土俵はあるものの、父親と母親という関わり方のスタンスが違うために、共通の話題が持ちにくいのだ。この間一緒にあそこで遊んだんですよー。へーそうなんですね。くらいが関の山。この、公園で遊ぶ子供の親どうしの位置関係というのがイマイチ微妙でどう付き合えばいいのか、身を処しあぐねている。いつも仕事を介してしか人と会話しないから、いざ仕事場というテリトリーから出ると雑談の仕方すら分からなくなってしまう。まずい、このままでは定年後の家庭内独居は確定ではないかと思う。何とか、気軽なパパ友関係を築けないものかと悩むのだ。