空論オンザデスク

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子育て、親育てを中心としたブログ 教育本、子育て本、鉄道もの、プラレール、トミカ系おもちゃなども。

「都市と都市 」チャイナ・ミエヴェル

参りました。
こんなにすごいSFに出会えたことに、感謝したい。こんな本がブックオフの108円コーナーに埋もれているんだから、現代の情報社会はすばらしいってもんだと思う。
著者については全く知らなかったが、表紙に記載された燦然たる受賞履歴を見ても、非凡な作品であることが一目瞭然である。ヒューゴー賞とかローカス賞はどちらかというとエンタテイメント性の高いSFに贈られ、世界幻想文学大賞とかは、ちょっと敷居の高い芸術色の強い作品を嗜好する感じだと思うのだが、それら相異なる賞を総ナメにしているということがいかに非凡かということが伺えてしまうわけです。
さて、内容。
まず、とっつきにくさがあります。
なぜなら、この物語に登場する「都市」は、現実世界のどこにも存在しない特異な形態をとっているからです。
だからといって、街が浮かんでるとか特殊な透過性の膜に包まれているとかいう、いわゆるSF的な要素は何もなく、普通に街路があってビルがあって住民がいる、傍目からは普通の都市です。
では何が違うのか。
まず1つ、2つの都市がそれぞれ独立国家として存在するということ。
もう1つは、その2つの都市が「重なり合って」いるということ。
 
ふたつの都市国家“ベジェル”と“ウル・コーマ”は、欧州において地理的にほぼ同じ位置を占めるモザイク状に組み合わさった特殊な領土を有していた。
という紹介文を読んでもなんのことやらさっぱりであるが、要するに、と短く説明するならこうとしか言いようがないのである。
f:id:unbabamo189:20160113183347j:image

雑な図であるが、なんとなくイメージとしてはこんな感じではないかと思う。

2つの都市、ベジェルとウル・コーマはそれぞれ独自の領土を持っているが、ある部分では重なり合っている。
その重なり合いの部分、「クロス・ハッチ」地区では、それぞれの国民や建物や車などあらゆるものが混在しているのにもかかわらず、互いが互いを「見ない」ようにしている。物理的な国境がないにもかかわらず、そこに国境があるかのように振舞っている。ベジェル(おそらくローマンカトリック系の文明に属する東欧国家がモデルで、経済的に停滞している)とウル・コーマ(ムスリム系の東欧国家がモデルで、経済発展が著しい)は、謎に包まれた歴史的な経緯によってそのように複雑に絡まりあった共存状態にあり、実際には存在しない仮想の「国境」を慎重に維持している。(もっとも、国境というものはそもそも実際には存在しないものだが)

 そういう、奇妙な世界観を思いついたのもさることながら、それを「いかにもありそうな」世界に作り上げてしまう作者の技量というものは底知れぬ恐ろしさがあるのだと思った。そして、いや実は、我々人間が確固としてそこに「ある」としているものが実は単なる約束事にすぎず、このベジェルとウル・コーマを隔てる国境のようにおぼろげなものでしかないのだと気づかされる。例えば国家、例えば職業、例えば家族。

「ない」ものを「ある」としてしまう規範の強制力も、「ある」ものを「ない」と押し通す権力の規定力も、ともに人間という存在がなければ成り立たないものだ。

この稀有なSF作品は、まさにそういう人間の真実をフィクションに中に織り込ませたものであるのだと思った。

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)