「文明の衝突」を読む前に、冷戦時代を復習する
「文明の衝突」について
およそ10年前にこの本は世に出ました。
「文明の衝突」と題されたこの書物は、原題を「The clash of civilizations and the remaking of world order」と言い、そのまま訳すなら、「文明の衝突と世界秩序の再編」となります。書いたのは、国際政治学者として世界的に有名なサミュエル・ハンチントン博士。2008年に亡くなっていますが、世界中に大論争を起こしたこの本を中心にハンチントンの提示した方向性は今も大きな影響を与えています。
- 作者: サミュエル・P.ハンチントン,鈴木主税
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 1998/06/26
- メディア: 単行本
- 購入: 17人 クリック: 915回
- この商品を含むブログ (84件) を見る
何が書いてあるのか、どういう問題意識があったのか
この本が巻き起こした大論争というのは、冷戦後の世界は平和にならないということをほぼ断言した点にあります。
冷戦が終わり、その重荷から解放された人類は、「これで世界を二分した戦いは終わった。これからは真の平和が訪れる。」と信じたかったのです。フランシス・フクヤマというフランス人の学者は、「歴史の終わり」という本を出しました。冷戦の終結と民主主義の最終的な勝利によって、人類の争いは最終的に終結し、政治秩序は真の完成を見た。だから、争いはなくなり、従って「歴史」が終わる、と主張しました。
- 作者: Francis Fukuyama,フランシスフクヤマ,渡部昇一
- 出版社/メーカー: 三笠書房
- 発売日: 2005/05
- メディア: 単行本
- 購入: 8人 クリック: 277回
- この商品を含むブログ (21件) を見る
歴史の終わり〈下〉「歴史の終わり」後の「新しい歴史」の始まり
これが、かなり楽観に傾きすぎな考えだということは、その当時でも思われていました。けれども、そう思いたい気持ちは誰にでもあったのです。
そのくらい、冷戦は長い間人々を縛り続けた重苦しい鎖であり続けたのです。
だから、10年後の世界に住む私たちがこの本を理解するには、まず「冷戦とは何であったか」を復習する必要があります。
冷戦とは何か
冷戦とは、ひとことで言えば「イデオロギーの違いから起こった東西ブロックの対立」です。
「イデオロギー」とはなんでしょう。
人間の根本的な考えの体系、観念形態。転じて、政治思想、社会思想。
この場合は、「政治思想」です。資本主義を奉じるアメリカ合衆国を始めとする西側諸国と、社会主義を原理とするソビエト連邦と東側諸国の対立、それが「冷戦」です。
アメリカもソ連も共に超大国であり、核兵器を大量に保有しています。もしこの両大国が直接開戦となったら、「人類を7回滅ぼす」と言われるような最終戦争になってしまいます。よって、アメリカ軍とソ連軍が直接戦ったことは、一応公式にはないと言われています。だから、「直接火を噴くことがない戦争」、つまり冷たい戦争と呼ばれていたわけです。
資本主義とは、簡単に言うと「誰でも自由にお金を儲けることができる」ことを最大の価値とする考え方のことです。資本とは「事業の元手となるお金」のことを言いますから、要するに「自由が一番」ということです。
一方、社会主義とは、そういうお金儲けに成功してきた資本家たちに対する批判から出てきた考えです。資本家に雇われる立場にある労働者は、自分たちの労働を搾取されている。だからそういう社会を打ち倒して平等に分け合う社会を作る、という考えが社会主義です。
自由と平等はもともと相反する考えです。自由を突き詰めすぎると平等がなくなり、格差が広がる。誰もが平等になれば、誰も自由に金儲けできない。二律背反というやつです。
この、自由=資本主義対、平等=社会主義の対立が、冷戦の対立構造の基本的かつ根本的な体制です。
例えばキューバは、地理的にアメリカにとても近いことから、長い間親米政権の支配する資本主義国家でした。ところが1959年にカストロとチェ・ゲバラらが革命を起こして親米政権を倒し、社会主義国家を建設します。金持ちの支配する格差を正すために社会主義という考え方を基調とする国を作る、それだけのことが、同盟国をアメリカからソ連に鞍替えするという意味も含んでしまうのです。
この報に接したアメリカは大変です。本土のまさに喉元とも言える場所に、宿敵ソ連の手先になる国が出来てしまったのですから。こうして、キューバ危機は起き、核戦争の恐怖はなんとか回避したものの、その後何十年もアメリカはキューバを倒そうと秘密工作を繰り返し、何百回もカストロを暗殺しようとした、と言われています。
- 作者: ティムワイナー,Tim Weiner,藤田博司,山田侑平,佐藤信行
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/08/04
- メディア: 文庫
- 購入: 3人 クリック: 31回
- この商品を含むブログ (10件) を見る
↑この本で、アメリカのキューバへの干渉と秘密工作についてかなり詳しく触れています。
アメリカ、ソ連が政治思想の違いから対立し、それぞれの子分となる国々に干渉し、世界中で秘密工作や代理戦争に明け暮れる、というのが冷戦時代の風景でした。
1991年にソビエト連邦が崩壊して冷戦が完全に終結しました。
東西対立という体制があまりにも強固だったために、それが終わってしまうと、その後どうなるのか誰にも分からなくなったのです。先ほど挙げたフクヤマの意見のように、ユートピア的な世界が実現すると楽観した人々もあり、カオス的な世界になると予言した人もいました。冷戦という体制に代わる新たなモデルがいくつも提示されました。その中の一つが、ハンチントンが唱えた「文明の衝突」モデルです。
その内容については次回書きたいと思います。