空論オンザデスク

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子育て、親育てを中心としたブログ 教育本、子育て本、鉄道もの、プラレール、トミカ系おもちゃなども。

そうか、だからミニマリズムって腑に落ちないんだ。

雑言 時事 生活

今日はこの記事から

biz-journal.jp

記事を読んでなるほどと納得。

「何も持たないシンプルな暮らし」を楽しめる精神性は、「欲しいと思ったら何でも買える力」に裏打ちされている。

どうしてそんなに簡単に手に入れたものを手放せるんだろうかといつも疑問に思っていたけれど、その気になれば同じものがいくらでも手にはいるわけだから、惜しげもなく捨てられる。

 

家の中にモノがあふれている暮らしというのは、ぱっと見だらしない感じがするし、恥ずかしくて人に見せられないし、何より格好が悪い。不要なものに貴重なスペースを占有させているという点で不経済だという人もいる。

 

それは確かにそうなんだろうけれど、じゃあ全部捨ててしまえというのは、モノに対する態度として敬意が足りない。どんなに不要に思えても一度は欲しいと思って手に入れたのだろうし、初めて手に取った時の「出会い」の記憶は全てのモノに宿っているはずだ。

それを日本では付喪神(つくもがみ)という。モノを大切にするという倫理観は、貧富の差に関係なく昔からあらゆる人間にすりこまれた本能のようなものだった。それだけ人が使ったり所有したりできる物は限られていたし、手に入れるのが大変だったからだ。モノが多すぎる現代社会がどうこうという問題に踏み込むわけではないが、長い人類の歴史のなかでは、ゴミすら溜め込んでしまう「捨てられない」人こそがスタンダードで、ミニマリストは突然変異的な異種でしかない。もちろんゴミ屋敷が良いわけではないし、ある程度持ち物を整理する必要はあるけれど、一つ一つのモノに向かい合って捨てるかどうか思い悩む自分は人類のスタンダードだと思いたい。「いずれ使うかもしれないからとっておこう。」と思うのは、祖先から受け継いだ知恵のなせるわざだからだ。

だから、自己弁護になるけれど、いらないものでもなかなか捨てられない自分を恥ずかしがる必要はないと思った。片付かないのはしょうがない。人間だもの。よし。