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子育て、親育てを中心としたブログ 教育本、子育て本、鉄道もの、プラレール、トミカ系おもちゃなども。

アクティブラーニングの成立に必要なたった一つのこと

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教える側の意識を180度変えること

 

なんとなく、ちょっとずつアクティブラーニングというものが見えてきたような気がしています。

先駆者の書かれた本を読ませてもらったり、縁をたどって授業を見させてもらったりして、なんとなくこういうものかなという感触を得たので、ひとまずまとめてみようと思います。

 

アクティブラーニングを授業において実践し、継続して効果を上げるために必要なことは、たった一つ、教える側の意識を180度変えるということにつきます。

つまり、「教える」ということをやめるということです。

 

なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか

なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか

 

 この、山本崇雄氏の本は、明確にそれを語っています。先生が教壇に立って明晰にかつ筋道立って講義しても、そのほとんどは生徒の頭に入っていないのです。

 

  • ・生徒が生徒を教えるように導くこと
  • ・生徒全員が、教える・教えられるという役割を漏れなくそして繰り返し担うようにすること

 

これを確実に全時間を通じて成立させる必要があります。

話の輪から漏れている生徒がいないか、役割を理解しておらず、宙に浮いてしまっている生徒がいないか、常に気を配るのが、授業中の授業実施者の主な仕事です。これは、一瞬の気の緩みも許されない緊張の連続を強いられる仕事で、これに比べたら講義などは温泉に浸かるようなものだと言えます。

 

たとえば、山本先生の本にならって英語の長文を読解するという内容だったとしましょう。

  • ・グループ内のメンバーのひとりひとりに、和訳および解釈を作る担当部分を割り振る。
  • ・担当者が担当部分を説明し、他のメンバーは質問したり内容をおぎなったりする。
  • ・協働のなかで完成した全体像を見て、全員で文章のテーマおよび要約を作る。

 

といった流れでしょうか。

大切なのは生徒同士の協働がすすむことですから、生徒の動きが活発であればあるほど良い。だから当然、教室内は騒然としますし、まるで無秩序状態のような様相を呈し始めるでしょう。しかし、これで良いのです。というより、これこそが望ましい姿なのです。

一見無秩序状態であっても、議論の内容がズレていなければいいのです。(たとえズレていても、それはそれで失敗から学ぶというのがアクティブラーニングの趣旨ですから、なるべく介入しないようにします)

 

この、

  • 教えないことを基本姿勢とする
  • 生徒が遊動する状態を良しとする

という、およそ今までの授業というものに対するイメージを180度転換することさえできれば、アクティブラーニングはさほど難しいことではないという感触を、私は持ちました。

 

そもそもなぜアクティブラーニングなのか

 そもそも、私たちが馴染みのある授業を捨て、アクティブラーニングに転換しなければならないのはなぜでしょう。

私たちが慣れ親しんだ「一斉授業・講義形式」は、実はそれほど伝統のある形ではありません。この形式になったのは、ここ100年ばかりのことで、 つまり明治になって社会が西洋化した時に、同時に広まっていったものなのです。

近代社会はすなわち工業化社会です。

同じものを大量に、効率よく生産するための人材が多く求められました。ですから、みんなが同じ時間に出勤し、同じペースで同じ品質の物を作る能力が求められたのです。

だから、幼いころから集団行動に慣れ親しませ、教師の号令一下、一糸乱れぬ行動をする教育が行われてきました。

近代の学校とは、工場労働者を安定的に供給するための必要不可欠な機関だったのです。

しかし、現代では知識労働が主流になり、肉体労働や単純労働はどんどん減ってきています。ひとりひとりが自分の頭で考え、課題を見つけ、チームで解決に取り組む能力が求められます。そういう力は、一斉授業では身につかないと言われています。だから、アクティブラーニングが必要なのです。

 

非効率にみえるけど、実は理にかなっている

 

人間の学習過程は、全く不思議なものです。体系だてて一から説明をするよりも、クイズにしたり謎解き要素を入れたり、だれかと競い合ったりするほうが無理なく頭に入っていきます。

たとえば明日のテストのために単語を100個覚えなきゃいけないという時、誰かに問題を出してもらうほうが覚えやすい。それは、人間の脳がコミニュケーションに対してより鋭敏になるようにプログラムされているのだと言います。

 

 

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)

 

 橘玲氏の「言ってはいけない」は、非常に面白い本でした。かなりやるせない気持ちにはなりますが。

この本で紹介されている、数々の「あまり知りたくはなかった衝撃の事実」のなかで、「親の子育てはほとんど子供の成長に影響しない」というのがあります。

研究者たちは、双生児研究を積み重ねるうちに、幼い頃に養子に出されるなどして全く別の家庭で育った双子でも、かなり似通った性格をもち、似通った学歴、家族形成をすることが分かったのです。

すなわち、子供の成長にもっとも影響するのは遺伝と、「家庭以外の環境要因」なのです。

 

このことは、橘氏によれば、人類がもっとも長い期間を過ごした狩猟採集時代に遺伝的に条件づけられたものと考えられるそうです。

この時代、多くの母親はほとんど常に乳飲み子を抱えていましたし、父親は狩に精一杯で、ほとんどの子供は親に「ほったらかし」にされていたでしょう。

子供たちは集落のなかで自然と集まり、年長の子供を中心としたグループを作ります。年上の子が年下の子の面倒を見、様々なことを教え、保護します。

この、「頼りになるのは親や大人ではなく年上の子供」という状態が、人類史のなかのほとんどの期間を占めていたとしたら、「親からは学ばない」という姿勢は、子供にとって適切な生存戦略だったことでしょう。

 

アクティブラーニングへの転換というのは、つまり誰から学ぶのかの転換でもあります。

親や教師など、大人から学ぶのではなく、自分たちで学び合う。これは、私たちの遺伝子に刻みこまれた、最適な学習方法なのです。