空論オンザデスク

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子育て、親育てを中心としたブログ 教育本、子育て本、鉄道もの、プラレール、トミカ系おもちゃなども。

私たちの職は人工知能に奪われるとか奪われないとか ーシンギュラリティ前夜の世界を思い描くー

人工知能が人間を超える「シンギュラリティ」

人工知能の能力が加速度的に向上していき、ついには人間を凌駕する。それをシンギュラリティ(技術的特異点)と言います。起こる時期は、提唱者によってまちまちですが、2045年あたりを指すのが最も多いらしく、2045年問題とも言われています。

ideasity.biz

 

「なくなる職業」「生き残る職業」

 

20年後には、現在ある職業の半分がAIに代替され存在しなくなるという衝撃的な予測が出されました。この、オックスフォード大学のオズボーン准教授による予測は、ショッキングな内容とともに、「なくなる職業」と「生き残る職業」という二項対立的なシンプルな構図が話題を呼び、いたるところで喧伝されてきました。

その後、雨後の筍のようにあちこちから「この職業は残る」とか、「この職業は消えて無くなる」とかいう主張が飛び交い、ネットで検索でもしようものなら大変な情報パニックに陥ってしまうこと間違いなしです。

私自身も教育業界の片隅で飯を食わせていただいているので、「教師」という職の運命には無関心ではいられないのですが、残念ながら6:4ぐらいで消える方にカテゴライズされていますね。

 

議論すべきは「シンギュラリティ前夜の世界」 

(画像クリックでアマゾンのサイトに飛びます) 

 

話を最初に戻すと、シンギュラリティ(技術的特異点)をめぐる議論は、そもそもそれが起こるかどうかという根本的な部分も含め、人間社会の究極的な姿を予言しようという、非常にSF的かつ深遠な議論なわけで、職業云々よりも以前に、人間という存在がその姿を保っていられるかどうかというところまで議論の対象にしなければなりません。

だから、私たちが考えなければならないのは、「シンギュラリティ前夜までの漸進的人工知能化の世界」であって、人工知能が万能となった世界ではありません。

もしも人工知能が人類の総体を超える能力を持ち得たならば、そもそも「思考する」ということ自体の担い手が人間ではなくなっているからです。

 

技術革新は仕事を作りもする

manapedia.jp

ですから、前提としては、「人工知能が徐々に能力を増大させていき、人の能力にキャッチアップしてくる社会」です。そして、重要なのは、今の前提の部分の「人工知能」を「機械」に置き換えて読めば、産業革命以来、私たちがもう300年以上もその只中にいるということなのです。

例えば内燃機関の発明とともに、馬車の御者は徐々に減っていきましたが、その代わりに自動車の運転手が増えていきました。技術革新によってそれまであった職業が不要になる一方で、新たな需要が生まれ、新たな職業が必要になってきました。それはこれからの社会でも同じはずです。たとえば自動運転車。自動運転が普及した社会では、当然ながら「運転手」という職業は存在しなくなっているでしょう。しかし、今度は、自動運転システムのメンテナンスをしたり、運行を司る人工知能の管理をしたり、リスク管理をしたりする職業が必要になってきます。

それは、機械が人の仕事を奪う過程であり、かつ機械が人の仕事を作る過程でもあるのです。ただ現代の世界が抱える問題というのは、技術革新のスピードがかつてないほどの速さだということです。

 

人工知能はすでに生活に根付いている

 

もはや人工知能は空想のものではなく、私たちの生活に着実に入り込んできています。PEPPERを見たことがある人はさほどいないかもしれませんが、ほとんどの人はsiriと話したことがあるでしょう。目に見えにくいところ、なんとなくいつの間に、という部分で、すでに人工知能への置き換えは進んでいるのです。

http://business.newsln.jp/news/201612130559450000.html

さきほどの自動運転の話で、googleが自動運転システムの開発を中止したとのニュースがありました。こういった法整備が進まないなどの障害で開発が鈍化することも一時的にはあるかもしれません。法システムの不備というのは、要するに技術革新に対する人間側の拒否反応だと見ることができます。しかし人間はこれまでどんなことにも慣れてきましたし、「運転席にだれも乗っていない車」に対する生理的恐怖感も、時間が経てばいずれ解決するものです。

 

人工知能の普及は究極のコスト削減をもたらす

 

話が脇道に逸れまくってしまっています。私が言いたいことは、人工知能が普及することで、人の活動にかかるコストが極限まで削減できるということの意味です。

 

技術革新とグローバル化は、生産や流通、消費といった経済活動にかかるコストを不可逆的にどんどん削減してきました。人工知能化はそれに拍車をかけるどころではなく、まったく異次元のコストカットを実現するのです。

ルーチンワークやパターンワーク、危険な仕事、肉体労働、それらをすべて機械がやってくれるとしたら、何をしますか。

もちろん、上の記事にあるような、人にしかできないクリエイティブな職業に就き、オリジナリティを追求する人も中にはいるでしょう。しかし、他の大部分は、そこまでの才能や関心を持ち合わせていないとしたら、することは一つではないでしょうか。

 

つまり、開拓です。海底世界、月面、太陽系内惑星など、コストがあまりにもかかりすぎるという理由で開拓の手が伸ばせていない場所が、ちっぽけな人類領域の外に広がっています。

歴史上、人口過多は人口流出を生み、移民と開拓を推し進めてくる原動力となりました。現在の地球は、ほとんどの地域で開拓が頭打ちになり、海底や宇宙開発はコスト面で採算が立たず、人類はフロンティアを失って久しい状態です。しかし、人工知能がそれを可能にし、私たちに新しい世界と、新しい職業をもたらす。

 

希望的観測すぎるという批判は覚悟していますが、どうせ未来の話ですから、このくらいの風呂敷は広げたいものですし、3歳の息子が将来宇宙開拓者になっていると想像するのも楽しいものです。