空論オンザデスク

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上田早夕里 深紅の碑文

深紅の碑文 (上) (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

深紅の碑文 (上) (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

深紅の碑文 (下) (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

深紅の碑文 (下) (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

世界の危機を救う。それも地球上のほとんどの種が滅びるような地質学的大絶滅に直面して、そういう運命と対決するとなれば、英雄的キャラクターをもった人物でないと釣り合わないのである。
本書の主人公はといえば、前作から引き続き人類を救う使命に没頭する賢人、青澄・N・セイジに他ならないだろう。
前作では、弱い立場に置かれた海上民を常にサポートし続け、誠実に、時にはしたたかに交渉し続けた青年外交官として登場し、今作ではその中年期から死に至るまで、「大異変」に備えて人々をすこしでも救おうと奮闘する救援事業組織のトップとして活躍する。
プライベートを全て仕事に捧げるワーカホリックであり、生涯独身を貫く孤独主義者であり、交渉では洞察力と粘り強さを備えた英傑なのである。
まさに、人類絶滅の危機を向こうに回して戦うにはふさわしい人物なのだけれど、それだけに、他の人物に比べるとリアリティーにおいて困難があるような気がする。
彼は、基本的に弱味を見せないが、何度か危機に直面して弱さをみせる場面があるにはある。けれど、それでさえ、最終的に自分で勝手に解決してしまう。忠実なアシスタントにも、思いを寄せる女性にも、執着をみせることがなかった。あるいはあっても、自制が働きすぎて破綻までにいたらない。そんな人物像でよくここまで波乱万丈のストーリーが描けるものだと感心してしまうのだが、この、賢人としか言い様のない青澄という人物の生涯こそが、「華竜の宮」、「深紅の碑文」を貫く縦糸であり、老年期に至ってもまだ失敗を恐れず果敢なままの有り様に感動するしかないのだ。
未熟な少年が微笑ましい失敗を繰り返しながら青臭く成長するのではなく、酸いも甘いも噛み分けた百戦錬磨の男がなお、巨大すぎる敵に挑みながら、それ以上の高みを踏んでゆく。その先にあるものは、回帰なのか昇華なのか。あるいは、というところにこの作品の真の面白さがあるのだろう。
と言い、著者の次回作が続編だったらと淡い期待を寄せるに留める。だって、この「宇宙史」はここから始まるんじゃないかしら。
日本人にもアシモフみたいな壮大な宇宙史が描けるのだと、証明してほしい。ぜひ。