バンパイアハンター・リンカーン 予想を裏切られる骨太な歴史改変スペクタクル
ホラーかスペクタクルか
表紙のイメージとかなり違う、本格的な歴史改変ものです。このジャンルをなんと言えばいいか。バンパイアものでありかつ、歴史大河ロマンであり、巧妙にイフと取り混ぜた架空の伝記(自己矛盾した表現ですが)とも言えると思います。
ちなみに映画化もされている
虚実ないまぜの魅力
この小説のなかでは、エイブラハム・リンカーンは極貧の開拓農民の出身で、祖父と母、それに親戚を何人もバンパイアに殺されています。史実
でも彼はやっぱり貧しい農民から身を起こして、そのビジョンと弁舌の才能をもって合衆国大統領にまでのぼりつめるのです。この小説では、そのくだりは同じながら巧妙にバンパイアというホラー的要素をまさに必然的なかたちとして織り込むことに成功しています。それはまさに見事としか言いようがないほどで、アメリカ合衆国の開闢にはバンパイアの影が隠然と関わっているのだと考えたほうが説明しやすいとまでいえます。いわく、奴隷制の存在はバンパイアによる「食料」の確保を容易にし、それがためにバンパイアたちはこの国を早期独立に尽力した。独立後百年を経て、合衆国は吸血鬼に支配されようとしている。そういう陰謀を阻止しようと立ち上がったのが、バンパイアに恨みを持ち、ハンターとなったエイブラハム・リンカーンだ、というわけです。
- 作者: セス・グレアム=スミス,THORES柴本,巽孝之,赤尾秀子
- 出版社/メーカー: 新書館
- 発売日: 2011/05/25
- メディア: 文庫
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他にも、虚実ないまぜになった資料がいたるところで提示され、作品の史実性を作り出している。実際の歴史的事実を知らないでこの本を読んだらきっと信じ込んでしまうのではないかと思う。例えば、下の2枚の写真(wikipediaへリンク)
南北戦争中にリンカーンがマクレラン将軍と会談する場面の写真。これが史実だが、小説中に掲載された写真には、中央の柱にさりげなく斧が立てかけられており、将軍マクレランをバンパイアではないかと疑っていたリンカーンがもしものために持参したもの、という説明がついています。全くの合成写真なんでしょうが、そういうのがもっともらしい説明とともに載せられているのです。
これも有名な一枚。ジョン・ウィルクス・ブースがリンカーンを暗殺する場面。実際の絵はこんな感じですが、小説に載せられている絵はちょっとした細工が施され、ブースがバンパイアであった証拠として扱われています。
史実でないものを史実であるように思わせる細工は、ほかにもいたるところで見ることができます。しかし、別にこれによって読者に真実を誤認させようとしている訳ではありません。フィクションであることは百も承知で、けれど目の前で広げられた大風呂敷が本当らしければ本当らしいほど、読者は物語に没入していく。いわば、気持ちよく騙されるという心境になっていくのです。
そういう手品の妙技を見たような爽快感に浸らせてくれる作品でした。
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