文明間のバランスが変わり、「文明の衝突」が起こりやすくなる
「文明の衝突」を読み解くシリーズの3回目です。
第1回
第2回
文明間のバランスのシフト
今回は、本書の第2部である「文明間のバランスのシフト」と、第3部の「文明の衝突」について読み解きたいと思います。
第1部までで、冷戦という枠組みが解消し、西側、東側というアイデンティティが消滅した後、古くから存在した「〜人である」という、いわば「文明」を核にしたアイデンティティが強く意識されるようになった。その結果として、科学技術、ひいては世界的通信手段と経済発展によりさらに文明内部の結束が高まるとともに、対外的にはより排他的な性格を強めていく、という内容でした。
そうして世界が徐々に「文明ごとに」再編されていく中、文明の持つポテンシャルが変化してきているという話が今回の主題です。
西欧の一極支配の終わり
そもそも20世紀までの世界は西欧による一方的な支配の時代であり、現在でも西欧は、世界のほとんどを支配しうるに足る要素を持っているといいます。それは、ハンチントンによれば、以下の要素です。
- 国際的な金融機関を所有し運営する
- ドルと交換可能な世界中の通貨を全て支配する
- 世界の主要な購買者となる
- 世界に流通する完成品の大部分を生産する
- 国際資本市場を支配する
- 多くの社会のおいて、倫理的価値観の面で多大な指導力を発揮する
- 大規模な軍事介入を行う能力を持つ
- シーレーンを支配する
- 最先端科学の研究・開発をする
- 最先端の技術教育を提供する
- 宇宙の利用を支配する
- 航空産業を支配する
- 国際通信を支配する
- ハイテク兵器産業を支配する
確かに、上記に挙げられたものは経済、軍事、科学の分野で長く西欧諸国が独占してきたものであり、数年もしくは十数年で他の文明に取って代わられることは考えにくいことです。
だから、こういう「顔」は、今後も西欧が持ち続けるでしょう。
文明間の人口比率の変化から
しかし、他の面では、西欧の持つプレゼンスは徐々に低下してきていると言われています。
例えば、人口です。
世界人口に占める人口比率の変化(抜粋)
1900年 | 1995年 | 2025年 | |
西欧 | 44.3 | 13.1 | 10.1 |
中国 | 19.3 | 24 | 21 |
イスラム | 4.2 | 15.9 | 19.2 |
ヒンドゥー | 0.3 | 16.4 | 16.9 |
アフリカ | 0.4 | 9.5 | 14.4 |
1900年の西欧の人口44%というのは、西欧の植民地下にあった地域のものを全て含むということです。それにしても、人口比率で見ると劇的に変化していることが分かります。
これら中国、イスラム、ヒンドゥー、アフリカの社会では、全体の人口が増大するとともに、特に若者の人口増大が著しくなります。15歳から24歳の年齢層が全体に占める割合は、イスラム教諸国が2015年段階で20%を超え、インド、中国なども高く、その次にアフリカ諸国が上がり始めるといいます。
若年人口の増大は、社会に大きな変化をもたらします。都市化と工業化が進んで人口移動がさらに流動性を増す。人が動きやすくなるということは、古くからの村落共同体というものが崩壊していくということです。「村」が持っていた古い地縁と血縁の網目のような結びつきが切断され、どこにも属さない「個人」が大量に都市に流入します。人には所属欲求という本能的欲求があります。どこかにいて、誰かと繋がり、自分が何者であるかという保証が欲しいのです。そういう人々の欲求に応えられる存在は、宗教団体しかありません。信仰を通じて精神の安定を得、教団に属することで所属の安心を得、教団内部の人間関係を経て繋がりを得ることができます。
また、教育が行き渡ることにより、堅固な民族的思想を持った社会が生まれ、他文明からの攻撃に激しく反応するようになります。
若年人口が急増する文明の台頭
こうして、人口増大に裏打ちされたエネルギーが、若年人口の多い文明から噴出し、他文明に対する圧力を強めていくことは容易に予想できる、とハンチントンは述べています。つまり、中国、イスラム、ヒンドゥーが、将来的にはアフリカが、他の文明と比較して、特に西欧に対する挑戦姿勢を打ち出していくだろうとも。
冷戦時代の東西ブロックに変わって、文明の断層線(フォルト・ライン)を境界として紛争が起こるようになっていき、その主な地域は、中国、イスラムと他の文明との境界線になります。冷戦時代、さらにその前の帝国主義時代は、国家間の利害関係が変化すれば同盟関係を入れ替えることは可能でした。ところが、「文明の衝突」時代にあっては、同盟国を入れ替えることは不可能です。なぜならの国の文化的なアイデンティティを変えることはできず、よって同盟相手になりうる国も共通の祖先、宗教、言語や価値観といったものを持っている国に限られるからです。もしそれを捨てて敵の文明に与しようとしたら、その決定を下した数分後にその指導者は暗殺されてしまうか、良くて指導者の地位から引きずり降ろされることになるのです。それは、国家の指導者の自由になるものではなく、人々のアイデンティティそのものに深く関わっているからです。
従って、フォルトライン紛争は終わりのない永続的なものになる可能性が高く、一度起こってしまった紛争を終結させたり妥協させたりすることは困難を極めるでしょう。
以上はもちろん、ハンチントンが1996年以前の段階で考えたことですが、その後の世界の趨勢をみるにつけ、気味が悪いくらいに「当たっている」ことに気づかされます。
この本の出版後 9.11事件、アフガン戦争から始まり、アラブの春、ISの台頭など、この本に書いてあることがほぼ忠実に再現されているように見えます。文明の衝突論は人類の宿命的な重荷であり、この書物の警告を持ってしても克服できない桎梏なのでしょうか。
次回は最終回です。