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子育て、親育てを中心としたブログ 教育本、子育て本、鉄道もの、プラレール、トミカ系おもちゃなども。

葉隠入門は、現代サラリーマンの指針の書となるか

死ぬことと見つけたり

武士道といふは、死ぬことと見つけたり。二つ二つの場にて、早く死ぬはうに片付くばかりなり。別に子細なし。胸すわって進むなり。図に当たらぬは犬死などといふ事は、上方風の打ち上がりたる武士なるべし。二つ二つの場にて、図に当たることのわかることは、及ばざることなり。多分すきの方に理がつくべし。もし図にはづれて生きたらば、腰抜けなり。この境危うきなり。図に外れて死にたらば、犬死気違なり。恥にはならず。これが武道に丈夫なり。毎朝毎夕、改めては死に改めては死に、常住死身になりて居るときは、武道に自由を得、一生越度なく、家職を仕果すべきなり。
 
現代語訳(ブログ著者による)
武士道というのは、死ぬことだと分かった。生きるか死ぬかという時に、死ぬ方を選ぶということだ。別に大したことではなく、ただ胸を据えて覚悟を決め、進むだけのことだ。目標が叶わずに死んだら犬死だ、というのは、京、大阪風の思い上がった武士の言うことであろう。生きるか死ぬかという時に将来どうなるかなどとは誰にも分からないものだ。人間は生死であれば生きる方が好きだから、そういう生半可な考えでは多分生きる方についてしまうのがオチだ。
もし、望みが叶わずに生きていれば、それは腰抜けだ。この判断が難しい。ただもし、目標が叶わなかったとしても死んでしまえば、ただの犬死で恥にはならない。
これが武道には大切なことなのだ。毎朝毎夕常に死ぬ覚悟をしておき、いつでも死ねるようにしておけば、自由を得て一生道を誤ることなく、仕事を全うすることができる。

 

葉隠入門 (新潮文庫)

葉隠入門 (新潮文庫)

 

 

山本常朝と葉隠

葉隠」とは、江戸期前期に佐賀鍋島の藩主、鍋島直茂に仕えた山本常朝の思想をまとめたものである。しかしながらこれは座談の口述筆記という形で書かれたもので、語ったのは山本常朝、書いたのは常朝より若い佐賀藩士田代陣基という人物だ。家柄も良く高潔で、将来の家老と嘱望された山本常朝だったが、主君の死によってその道が断たれる。主君の後を追って自らの命を絶つ殉死を願ったが、それを禁じる厳命が下されたため叶わず、出家して山中に隠居し、61歳で死んだ。

葉隠は、この山本常朝の持つ「武士」の思想を体現したもので、「武士道というは、死ぬことと見つけたり」の一節であまりにも有名だ。
しかし、その一節だけが一人歩きし、葉隠の思想について多くの誤解がなされている。その最も大きな一つは、軍国主義の思想であるという誤解だ。要するに、この一節、「死ぬことと見つけたり」だけだと、主君、ひいては国家のために死ぬことを奨励しているように読めてしまう。しかし、冒頭に挙げた後に続く部分を読んでみると、その解釈が全くの的はずれであることがわかる。
 
三島由紀夫はこう言っている。
葉隠」には政治的なものはいっさいない。武士道そのものを政治的な理念と考えれば別であるが、一定の条件下に置かれた人間の行動の精髄の根拠をどこに求めるべきかということに、「葉隠」はすべてをかけているのである。
だから、葉隠は忠誠を旨とする儒教的な道徳ではなくて、あくまで一人の人間が「生きるか死ぬか」という決断を迫られた時、あるいはそういう決断をせまられる場面があるに備えて、どのように行動するべきかという行動哲学の書なのであると言っている。
 
いつでも死ねる覚悟を固めておく、といえば、私たちの世代は「花の慶次」を思い出してしまうかもしれない。「死人(しびと)」になることで恐怖や躊躇といった感情が消滅し、戦いの場においては獅子奮迅の働きをし、しかもかえって死中に活を得ることになる、という筋を、あの漫画の中では繰り返し語っていた。
 

megen.net

名言集を改めて見てみると、「葉隠」に通じるものが多い。原作者の隆慶一郎氏にもあるいは葉隠に造詣があったのかもしれない。

 

葉隠は、基本的に口述筆記であり、座談の中で生み出された言葉である。だから、全体的に精緻な論理が組まれているわけではない。「酒はほどほどにして酒席では間違ってもみっともない姿を晒すな。」とか、「日頃から身だしなみには気をくばれ。」などなど、およそ「口うるさい爺さんの小言」とも言えるような言葉が連なっているところもある。それは、小言だと思って聞き流してしまえばそれだけのものだということだろう。耳を傾け言葉の意味を深く噛みしめるものだけに通じるメッセージが込められているという点では、論語とも通じるかもしれない。

 

山本常朝が生きた時代は、いわゆる元和偃武を経て、戦国から江戸期へ、戦乱の時代から太平の時代へと移り変わった第一世代の最後の生き残りだ。当然、前半生を共にした大人たちは、戦国の疾風の中を生き抜いた猛者たちが武士道と共に生きていた時代であり、後半生はもはや官僚的な慣例主義が幅を利かせる時代となっていた。そういう時代の移り変わりにあって、清々しい生き方を追求した常朝は生きにくかっただろう。

三島由紀夫もまた、生涯の中途にあって終戦を迎え、戦いと勇気を賛美する時代から平和と協調を重んじる時代への変化を目の当たりにし、飲み下せない違和感を感じ続けた人だった。

日本にはもはや武士はなく、戦争もなく、経済は復興し、太平ムードはみなぎり、青年たちは退屈していた。・・・(中略)現代には、「葉隠」というあの厳しい本の背後に広がっていたその本の内容とは反対の世相、いかなる時代にも、日本人が太平の世に対して示す反応と同じ反応が広がっていた。

 

今に生きる葉隠の精神

 

以上のことから、「葉隠」及び「葉隠入門」は、現代サラリーマンの指針の書にふさわしいだろうか。この平和な世の中に慣れきった私たちからすれば、葉隠が教え示している生き方を実践することはいかにも難しいことだ。死は、今の世にあっては最も遠いものであり、それはただ病院と斎場の横を通り過ぎる時に他人事として意識するだけのものに過ぎない。現代では、人の命は最も重いが、同時に人の死は軽い。死を生涯の伴侶のように、常に隣にあるものとして意識することは実際にはできない。「死ぬ気でやれ」という言葉はそこらじゅうで交わされているものの、本当に「死ぬ気」になることとはどういうことか分かっている者は誰もいない。ただ、葉隠に示されている精神の気配のようなものは、先人の残した生き方として感じ取ることはできるだろう。その中で、ビジネスに通じる哲学を抽出できるかもしれない。