「学力」の経済学 幼児の教育は生涯で最も効果的である
「学力」の経済学はどんな本か
「経済学」と名前はついていますが、この本の内容は教育にかけるお金の話ではありません。
これまで「効果がある」とされていた教育法や指導法は、それに携わった人の「経験」によって根拠づけられてきました。「自分のクラスではこういう風に指導した。そうしたらこういう良い結果が出た。だから自分の教育法には効果がある。よって、全国でやるべきだ」、という具合に。
ところが、教育という分野は困ったことに、「一億総評論家」になってしまうのです。教育を受けずに大人になった人は、おそらく今の日本にはほとんどいないでしょう。だれもが自分の経験を持ち、成功した人はほとんど、自分の成功体験を正しいと信じています。
しかし、ちょっと考えてみれば分かるように、個人の成功事例が全ての人に適しているはずがありません。学び方、伸び方は人それぞれです。
こういう、根拠のない「成功体験崇拝」が今の日本の教育にはまかり通っている、と筆者は言います。教育学は他の学問と同様、科学的に実証されるべきだし、実験によって根拠づけられるべきだ、と主張します。教育は人間を扱うのだから、物理や化学のように実験で確かめられるはずはない、という批判もあるでしょう。しかしながら、欧米では統計的手法を用いた社会科学的実験方法が次々と考案され、効果の確かさが実証されてきています。この本は、そういう「実験によって教育法の効果を確かめる」本です。ですから、子を持つ親に向けてという内容だけでなく、教育関係者に宛てた内容も多く見られます。
この記事では、特に幼児教育の効果や実践論について、私たち幼児の親が読んで役に立ちそうなところを中心に紹介したいと思います。
教育への投資はいつが最適か
多くの人は、子供が大きくなればなるほど教育にお金をかけるべきだと思っています。幼児よりも小学生、高校生よりも大学生、という具合に。もちろんこれは、日本の学校システムによる制約があって仕方なくそうなっているという面も否定できません。幼稚園、保育園は公立に入れない場合も多く、私立に入れたらそれなりに高いですし、大学の学費は一家の生涯計画をも左右する甚大な影響力を持っています。
そういういかんともし難い制約はさておき、例えば3歳児の英語教室より大学生の留学のほうが、「より直接に将来の収入に影響する」という意見ならば、きっと多くの人が頷くと思うんです。しかし、ある実験がその思い込みを覆しました。年齢が高くなればなるほど、教育への投資は効率が悪くなる。つまり、かけたお金に対する生涯年収への率は低くなるというのです。
ペリー幼稚園プログラム
1960年代から開始されたシカゴ大のヘックマン教授らによって開始された「ペリー幼稚園プログラム」は、幼児教育分野に確かな成果をもたらしました。
実験内容はこうです。
- 低所得のアフリカ系家庭の3歳〜4歳の子供を対象として、質の高い就学前教育を提供する。
- 同じような環境で育つ子供をランダムに2つに分け、片方には教育を提供し(処置群)、片方には与えない(対照群)。
- 在学中だけでなく、卒業後、さらにその後まで長期間観察し、処置群と対照群の人生にどのような違いがおこるかを検証する(追跡調査は、6歳、19歳、27歳、40歳の時に行われている)
40歳まで追跡するというのは、ものすごい苦労だったでしょうね。
さて、結果はどうだったかというと、プログラムを受けた子供達は、受けなかった子供達達に比べて、
6歳時点のIQ、19歳時点の留年率、27歳時点の持ち家率、40歳時点の所得など、あらゆる面でポイントが高かったことが分かったのです。
就学前教育に、その後の人生に渡って長く持続する効果があり、しかも、「社会収益率」は年率7〜10%にも登ると言います。社会収益率というのは、投資に対して社会全体でどのくらい利益がもたらされるかを示した数字で、例えば年率10%だとすると、4歳の時に投資した100円が、65歳の時には3万円にもなって社会に還流するそうです。
この、「社会に還流される」という部分がちょっと気になりますが、要は、きちんと学校を出てまともな生活をしてくれれば、もちろん収入もあって消費増大に貢献するでしょうし、犯罪に手を染めたりして刑務所に入ることもなく、それによる経費もかからないということでしょう。
人生に良い影響を与え続ける幼児教育は、勉強ではない
先ほどのペリー幼稚園プログラムで、6歳時点のIQについて書きました。しかし、実はこのIQの差は年を経るに従って縮んでいき、8歳前後には教育を受けなかった子供と大して変わらない数値になってしまったそうです。
特に勉強などの認知能力では、幼児教育の効果は限定的と言えるのでしょうか。
では、一体なにがその後の持ち家率や所得に影響したのでしょうか。
本書によれば、それは「忍耐力」や「やり抜く力」などの「非認知能力」だと言います。
たとえば、子供の目の前にマシュマロを置き、「いつ食べてもいいけど、大人が戻ってくるまで我慢できたらもう1つあげるよ」と言って部屋を出、子供が先々のために自制できるかを見るテストでは、我慢できた子供のほうがSAT(アメリカの大学入学資格を判定するテスト)のスコアが良かったそうです。
将来のために意志を継続できる力を入れというのは、かなりダイレクトにその後の人生に関わってくるのでしょう。
「やりぬく力」(GRIT)も、同じく成功をもたらす重要な力として注目を集めています。
まとめ
このように、幼児期の教育は大変重要です。かつ、それは勉強そのものではなく、生活全般を通して養われる自制心、やりぬく力であることが分かります。
これらは、お金をかけることもできるでしょうが、むしろ家庭での過ごし方が大切なんだろうなあと改めて実感するのですが、いざ我が家の現状を思い起こすと先が思いやられる思いをひしひしと感じてしまうのであります。
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