ハンナ・アレントを読む(1)
概説書におんぶに抱っこで読み解く現代の思想シリーズ。「ハンナ・アレント」第1章
全体主義とは
ハンナ・アレントの著作の中で最も重要な位置を占め、しかもその後の彼女のライフワークとなった全体主義研究の大著。それが「全体主義の起源」である。
「全体主義」をwikipediaで調べると、
"全体主義(ぜんたいしゅぎ、イタリア語: totalitarismo)とは、個人の全ては全体に従属すべきとする思想または政治体制の1つである。 この体制を採用する国家は、通常1つの個人や党派または階級によって支配され、その権威には制限が無く、公私を問わず国民生活の全ての側面に対して可能な限り規制を加えるように努める。"
とある。対義語は「個人主義」または「民主主義」。
アレントは、この言葉を20世紀秩序の一大体系として考え、ナチズムとスターリニズムをその対象としている。独裁者が恐怖とプロパガンダによって国家を支配し、やがて世界を支配する戦争へと導くような体制を言うのであろう。この、暗い影が付きまとう言葉は、現在の地球上では表面上どの国の体制でも採用されていない。では、全体主義はすでに時事的な意味を失い、単なる歴史上の遺物となったのであろうか、とは本書の著者の投げかける疑問である。
確かに、ナチス・ドイツも、スターリンの支配したソビエト連邦も、今は歴史の彼方の事象となった。彼らのように巨大な規模で国家を組織し、無慈悲な強制力をもって何百万もの人々を抹殺できる体制は存在しないかもしれない。しかし、現代においても独裁や暴政は存在するし、かつてとは当事者になる国名こそ違いながら、それでも世界の不安定化要因は溢れていると言える。
「全体主義の起源」は、タイトルの意味する通り、全体主義がなぜ生まれたのかを論じる書物なのだが、それとは一見関係のなさそうな非常に複雑で多様な要素が登場するため難解な内容になっているらしい。それは、人類史上空前の殺戮を行った体制が、突然変異のように出現したのではなく。長い歴史と複雑に絡み合った因果関係のはてに成立したものだということを示している。
19世紀秩序の終焉と大衆の出現
国民国家の成立と解体
帝国主義とモッブ
モッブとは、自分の理解によれば帝国主義を推し進める主役となった冒険的な人々のことを言い、本国では元々の階級からはじき出された「はみ出し者」である。これらの人々が資本主義の拡大に寄与し、海外領土を押し広げた。この終わりのない過程で、多くの植民地では「官僚制」が成立していったという。官僚制とは、君主や国民の代表による支配と対極にある言葉で、どこの誰が支配しているかわからない体制だという。議論による過程で成立した法律ではなく、技術的、恣意的な過程で乱発される政令によって支配の方針が決定され、その責任の所在が明確ではなく、「誰でもない者」が統治する体制である。
国民国家の枠を打ち破り、無限の拡大を続ける資本主義が、必然的にモッブと手を組み、本国と遠く離れた植民地を支配するのに便利な形として「官僚制」を定着させた。