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子育て、親育てを中心としたブログ 教育本、子育て本、鉄道もの、プラレール、トミカ系おもちゃなども。

「塾業界諸悪の根源説」は再燃するのか

中学受験 教育 時事

記事について

歴史は繰り返すと言いますが。

 

東洋経済オンラインの11/27の記事

toyokeizai.net

 

筆者の宝槻さんという人は、塾にも予備校にも行かずに京大に合格されたそうです。

塾という組織の力を借りずに難関を突破する人というのは、一定割合でいらっしゃるのは確かです。ノーベル賞受賞者山中伸弥教授は、高校3年の時、受験直前までラグビーに没頭されていたというのは有名な話です。

しかし、そういった能力をもった人はごくわずかです。他者が真似をしようとしてできるものではありません。もともと持っているポテンシャルが違いますから。ですから彼らがもし、塾や予備校を利用していたとしたら、「鬼に金棒」となって、より高みに到達していたかもしれません。

 

記事の内容を要約してみると

  • ・2020年の大学入試改革で、知識よりも「思考力」が問われるようになっていくのに、中学受験界は未だにドリル学習による詰め込みに終始している。
  • ・「詰め込みドリル学習」は、塾が大規模化していく過程で、一般社員でも授業ができるようにマニュアル化されるために必要なスキームだった。
  • ・私立中は、受験生を集めるため、上のような塾のスキームに乗っからざるを得ず、さらに塾が発明した「偏差値」というシステムをも丸呑みにした。
  • ・上のようなシステムでは、少なからぬ子供が「勉強嫌い」になり、日本の教育がダメになってしまう。

 

ということでした。

「支配されている」というあたり、学生運動時代を彷彿とさせるひびきですね。

 

詰め込みドリル?

まず、「詰め込みドリル」っていつの時代のネーミングでしょう。

先人の知恵を借りた言葉として、「守破離」がありますよね。物事を究めるためのプロセスのことです。

まず、「型を守る」。先達や師匠の真似をし、繰り返し繰り返し同じことを実践することで、揺るぎない基礎を身につける。次に、「型を破る」。身につけた型をあえて破り、多様な可能性を探る。最後に、「型を離れる」。型を捨て、自由に様々な能力を発揮することができるようになる。これが、物事を究めた境地となる。

いわゆる戦後システムによる中学入試が始まる遥か昔から、子供の教育といえば、「素読」であり、「手習い」でありました。原理の理解などよりも前に、まず基礎を徹底的に反復させる。その「型」の習得こそが、自由な発想と高度な思考の土台になるからです。

詰め込んで済むならドリルは要らないんです。

そもそも詰め込んだだけで解けるような問題は、今の中学入試から消えつつあります。物事を考えるための土台を自分の血とし肉とし、そうして身につけた「考える力」をもって勝負するのが今の受験というものです。

 

マニュアル?

第二に、「マニュアル化」は確かにあると思います。しかし、マニュアルのない塾もたまにあります。どちらがきちんとした授業を提供できるでしょうか。

 

 

偏差値は罪か

第三に、「偏差値は害悪」論は昔からありました。そしてこの主張が通れば通るほど、受験は混乱していったのです。受験と就活の一番の違いは、「チャレンジできる回数」です。就活であれば、根気と負けん気さえあれば何度でもチャレンジできるでしょう。しかし、受験、とりわけ中学受験は、どんなに回数を受けても10回を超える程度。浪人はできません。限られた機会を有効に活かすためには、合格する可能性がどれだけあるのかを測らねばなりません。

偏差値そのものは、確か大学受験指導をされていたどこかの高校の先生が発明されたものだと聞いたことがあります。要するに便利だから使われてきた、というだけのことで、それでも常に、偏差値による判定を覆す受験結果は出るのです。そもそも偏差値表と塾の言うことを鵜呑みにして受験校を決めている生徒や保護者がどれくらいいるのか怪しいものです。保護者は、我が子が大切な6年間を過ごす学校を真剣に選びます。塾の言いなりになるような人は、今はほとんどいません。

 

終わりに

「塾業界諸悪の根源説」は、これまでも繰り返し喧伝されてきましたし、学力重視の風潮がやや行き過ぎた感じになると、どこからか頭をもたげてくる主張でもあります。

塾は現代教育システムの矛盾や不備を補う「必要悪」だという認識が、大方の見方でありましょう。ですから、「ゆとり↔︎管理」に揺れ続ける世論の影響を受けて、最も攻撃されやすい位置にいることはまちがいないです。この記事も同じような潮流にのっているのでしょうが、受験に関する知識が一回り古いのでしょう。違和感がありすぎて、一言言わずにはいられなくなってしまいました。

悪しからず。